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諸田玲子「帰蝶」

山本兼一の本ばかり読んでいたので、少し息抜きしようと思って行った図書館で、諸田玲子という作家を見つけた。
やはり時代小説のようである。
けっこうたくさんある中に「帰蝶」という題名の本が・・・。
帰蝶ってたしか織田信長の正室の名前だったはず、信長の死後彼女はどうなったのだろう・・・?
信長はあらゆる本に描かれているが、帰蝶については斎藤道三の娘というくらいしか知らない。
興味が沸いて読んでみることにした。

それにしても織田信長ってなんと魅力的な男性なんだろうか。
どんな本を読んでも信長のイメージは大差ない。
直情的で冷酷無比、それが正しくてもそうでないにしても、異常にリーダーシップをとる人間であったのはまちがいない。
この人がもう少し長生きして政権を築いたら、時代はどうなっていただろう?
もちろん豊臣はないだろう、徳川家康は・・・?

帰蝶は誰もが恐れる信長に嫁ぎ、織田の家を守り盛り立てたが、ついに信長の子供を産むことはできなかった。
しかし信長がほかの女たちに産ませた子どもたちを、我が子として育て上げた。
信長を描いた様々な本によると、帰蝶は本能寺で信長と運命を共にした・・・というものもある。
だが実際は不明で、本能寺の変より早くに亡くなっていたという説さえあるそうだ。
この作者は新しい文献から、帰蝶が78歳まで長生きしたという記載を見つけて、この小説を書き上げたそうだ。
その性格の激しさ故、人から恨まれることも多かった信長との案外幸せだった生活、父を同じくする斎藤家の兄と弟との兄弟愛も興味深い。
だがなんといっても若いころに出会った京の商人、立入宗継との50年に及ぶ心の交流が帰蝶を支えた。
信長の死後、秀吉の時代も過ぎ関が原を超えて、秀頼の時代まで帰蝶は生きた・・・とある。

神をも恐れぬ夫の動向にハラハラし、多くの側女に時には嫉妬もしつつ、正室の座を守り抜いた波乱万丈の時代。
本能寺の変を経て髪を落として尼となり、信長をはじめ亡くなった一族の菩提を弔う日々をおくる身には、今更と思う本能寺襲撃の真実・・・。
立入宗継が関与していようといまいと、帰蝶は彼のそばに平穏な日々をみつけたのだ・・・。
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